乳がん診断から手術までの期間が生存率へ及ぼす影響について

乳癌と確定診断された後に、手術までの期間が予後(治療成績)に関係しているのかは以前から議論がされてきました。「Scientific Reports」誌の2023年7月26日号に発表された論文には、病理検査で乳癌と診断されてから手術までの期間が2週間を越えた患者さんは、それより短かった患者さんより生存率が低かったと発表されています。

この論文は、中国の上海交通大学医学部外科のSiji Zhu氏らの研究によるものです。

この研究の対象は、上海交通大学乳がんデータベースで2009年1月~2017年12月に、Stage I~IIIの乳がんと診断され手術を受けた5,130例の女性が対象です。術前化学療法を受けた患者さんや、非浸潤癌の患者さんは除外されています。観察期間は1-128ヶ月で中央値は52ヶ月でした。治療を受けた施設で二つのグループに分けられました。Ruijinコホート(Ruijin病院)とSJTUコホート(Ruijin病院以外の乳がんセンター)に分け、診断から手術までの期間で3群(1週間以内、1~2週間、2週間超)に分類して解析されています。中国では欧米とは異なり、乳癌の診断から手術治療までの期間が短いそうです。主な結果は以下のとおりで、Ruijinコホートの3,144例において、1週間以内、1~2週間、2週間超の各群の推定5年乳がん無発症(BCFI)率は91.8%、87.5%、84.0%(p=0.088)、推定5年全生存率は95.6%、89.6%、91.5%(p=0.002)でした。

多変量解析によると、手術までの期間が2週間超の群では1週間以内の群に比べて、乳癌無再発生存率(ハザード比:1.80、95%信頼区間[CI]:1.05~3.11、p=0.034)および生存率(ハザード比:2.07、95%CI:1.04~4.13、p=0.038)が有意に低かったと発表されています。

RuijinコホートとSJTUコホートを合わせた5,130例において、1週間以内、1~2週間、2週間超の各群の推定5年無再発生存率は91.0%、87.9%、78.9%、推定5年生存率は95.8%、90.6%、91.5%で、いずれもp<0.001と有意に診断から手術までが短い方が予後良好でした。著者らは「今回の結果は、生存率を改善するためにできるだけ診断後早期に治療を開始する努力が必要であることを示唆している」と述べてします。

日本とは医療事情が異なる中国上海からの発表ですが、腫瘍の大きさや、リンパ節転移の有無等のリスク因子を排除した多変量解析でも、有意に乳癌確定診断後に早期に手術をすべきという結論が出ていることは重要と考えます。日本でも大病院では乳癌は診断されても、手術まで2ヶ月待ちのところは珍しくありません。理論的にも、腫瘍の増殖の早いタイプの乳癌(トリプルネガティブ乳癌、Her-2タイプの乳癌、Ki-67の高値の乳癌)等はできるだけ早く手術をすることが望ましいと考えます。また、患者さんの心理的な影響も考慮する必要があります。乳がんと診断される事は患者さんにとって非常にショッキングでストレスフルな状況であり、診断から手術までの期間が長期間であると不安や精神的な負担が増加します。この心理的なストレスは治療成績にも影響を及ぼす可能性があり、早期手術によってこれを軽減することが望まれます。当院は単科の診療所で小回りがきくために、手術待ちの期間は癌と確定してから1週間から10日程度と短いのは長所のひとつです。

大阪ブレストクリニック 院長 芝 英一 【認定資格】 大阪大学医学博士 日本外科学会認定医、専門医、指導医 日本乳癌学会専門医・指導医 NPO法人日本乳がん検診精度管理中央機構認定読影医 日本内分泌・甲状腺外科専門医