センチネルリンパ節生検は全員に必要? 〜乳がん手術に関する最新ガイドライン〜

2025年4月末からのゴールデンウィーク休暇を利用して、米国ネバダ州ラスベガスで開催された「米国乳腺外科医学会(ASBrS)」年次総会に参加してきました。日本からの参加者は私を含めてわずか2名と、例年通り日本からの参加は多くはありません。

この学会に初めて参加したのは2001年、カリフォルニア州サンディエゴで開催された第2回年次総会でした。宿泊していたヒルトンホテルで深夜に突然停電が発生し、非常灯だけが灯る薄暗い中、フロントにペンライトを取りに階段で向かった経験は、今でも忘れられません。当時のカリフォルニア州は深刻な電力不足に悩まされており、計画停電が行われていた時期でした。ホテル側からの謝罪も補償もなく、やや残念な対応だったことも印象に残っています。

その頃の参加者数は数百名規模でしたが、今年2025年の第26回総会には1,727名が参加し、年々注目度が高まっていることを実感しました。2001年の懇親会では、あるアメリカ人女性外科医に「なぜ乳腺外科を選んだのか」と尋ねたところ、「消化器外科は長時間の手術が多く、家庭との両立が難しいから」との答えが返ってきました。乳腺外科を選ぶ女性外科医は日本でも増えており、最近ではいろんな大学の医局においても新規入局者のほとんどが女性という話をよく耳にします。今回の学会でも、参加者の7〜8割が女性という印象でした。

さて、今月の本題は、今回の学会でも注目を集めた「センチネルリンパ節生検(SLNB)を省略する治療方針」についてです。

■センチネルリンパ節生検とは?

乳がんが腋のリンパ節に転移しているかを調べるために行われるのが「センチネルリンパ節生検(SLNB)」です。日本でも約25年前から標準的に行われてきたこの手術法に対して、2025年4月に米国臨床腫瘍学会(ASCO)から新しいガイドラインが発表され、一部の早期乳がん患者さんにおいては、この検査を省略できる可能性があると示されました。

■ 検査を省略できる可能性があるのは?

以下の条件を満たす方が対象とされています。

・50歳以上で閉経後

・腫瘍サイズが2cm以下、グレード1〜2(低〜中等度悪性度)

・ホルモン受容体陽性、HER2陰性

・術前のエコーでリンパ節転移を認めない

・乳房温存手術を受け、術後に放射線治療を受ける予定

このような方は、実際にリンパ節を取らなくても再発率や生存率に差がないという研究結果(SOUND試験、INSEMA試験)に基づき、SLNBを省略できるとされています(INSEMA試験については2025年1月のブログでも詳しく解説しています)。

■ なぜ検査を省略してもよいのか?

SLNBは比較的負担の少ない検査とはいえ、リンパ浮腫・腕の痛み・しびれなどの後遺症を伴うことがあります。リスクの低い患者さんにとっては、「やらない」という選択肢が身体的負担を軽減することにつながるのです。

■ 治療方針に影響はないの?

現在では、ホルモン療法や抗がん剤の必要性は遺伝子検査(例:Oncotype DXなど)によって判断される時代です。リンパ節を取るかどうかにかかわらず、患者さんに適した治療法を選択できるようになってきています。

■ ただし、全員が対象ではありません

以下のような方には、引き続きSLNBの実施が推奨されています:

・50歳未満や若年者

・HER2陽性やトリプルネガティブ乳がん

・多発巣・多中心性の腫瘍

・エコーでリンパ節に明らかな異常がある場合

■ おわりに

乳がん手術において、「センチネルリンパ節は必ず取るもの」というこれまでの常識が、今まさに見直されようとしています。「省略しても問題ない」選択肢があることで、患者さんの身体的・精神的な負担を減らす治療が実現しつつあります。

これはあくまでもアメリカでのガイドラインで、日本でもこの数年以内に上記のガイドラインが導入され、センチネルリンパ節生検の省略の手術も導入されると思います。

大阪ブレストクリニック 院長 芝 英一 【認定資格】 大阪大学医学博士 日本外科学会認定医、専門医、指導医 日本乳癌学会専門医・指導医 NPO法人日本乳がん検診精度管理中央機構認定読影医 日本内分泌・甲状腺外科専門医