【SABCS 2025】HER2CLIMB-05:tucatinib追加で転移性HER-2陽性乳がんのPFSが大幅改善

今月も先月に引き続き、2025年12月9日〜12日に米国テキサス州で開催された サンアントニオ・ブレストキャンサーシンポジウム(SABCS 2025)の発表についてです。

先月のブログでは当初の物に少し間違いがあり、訂正しております。

先月の発表に次いで話題となったのが、HER-2陽性転移性乳がんの治療戦略に新たな一手となる臨床試験 HER2CLIMB-05 の結果です。この発表は世界中の乳がん領域で大きな注目を集めました。今回は、トラスツズマブ(Herceptin®)とパージェタ(Perjeta®)という2剤抗HER-2抗体療法に、HER-2選択的チロシンキナーゼ阻害薬 tucatinib(商品名:Tukysa®) を追加することで、無増悪生存期間(PFS)を大幅に延長できる可能性が示されました。

 

・ 研究背景 ― 維持療法のさらなる改善を目指して

HER-2陽性乳がんは、乳がん全体の約15〜20%を占め、転移性の場合の予後は依然として厳しいとされています。このサブタイプでは、タキサン系化学療法とトラスツズマブ+パージェタによる導入療法(THP療法)が標準的な一次治療として広く使われてきましたが、その後の維持療法において病勢進行を完全に抑え込むことは難しく、多くの患者で数年以内に治療の見直しが必要となる現状がありました。

このような背景から、HER-2標的治療の効果をさらに高める方法が探求されていました。HER2CLIMB-05試験は、導入治療後に病勢進行が認められなかった患者を対象に、トラスツズマブ+ペルツェタによる標準維持療法に tucatinibを追加することで長期の病勢制御が可能かを検証するためにデザインされたフェーズIII試験です。

 

・試験デザインと対象

この試験には、世界23か国から約654例のHER-2陽性転移性乳がん患者が登録されました。対象となった患者は、タキサン系化学療法とトラスツズマブ+パージェタによる導入療法を4〜8サイクル受け、病勢進行が認められなかったケースです。これらの患者をランダムに tucatinib併用群(tucatinib+HP)326例 と プラセボ群(プラセボ+HP) に振り分け、無増悪生存期間(PFS)を比較しました。

 

・主な結果 ― PFSは約8.6カ月延長

SABCS 2025で発表された結果によると、中央値のフォローアップ約23カ月時点において、tucatinibを追加した治療群ではPFSが24.9カ月であったのに対し、プラセボ群は16.3カ月にとどまり、約8.6カ月もの延長が認められました。これは統計学的に有意な改善であり(ハザード比:0.641、p<0.0001)、tucatinibの追加が一次維持療法における病勢進行の抑制に大きく貢献したことを示しています。

また、PFSの改善効果はホルモン受容体の状態や脳転移の有無など、複数のサブグループにおいて一貫して観察されました。これは、tucatinibの効果が幅広い患者集団に及ぶ可能性を示唆しており、実臨床においても汎用性が期待できるポイントです。

 

・安全性プロファイルと忍容性

HER2CLIMB-05試験における安全性評価では、tucatinibを含む治療は既知の副作用プロファイルに沿ったものであり、特に新規の懸念となる安全性シグナルは確認されませんでした。一般的に報告された副作用には、軽度〜中等度の下痢、悪心、肝酵素の上昇などが含まれ、忍容性は管理可能と評価されています。

 

・臨床的意義 ― 「化学療法からの解放」の可能性

今回の試験結果は、HER-2陽性転移性乳がんの治療戦略に新たな選択肢を加えることを示しています。従来の標準維持療法は抗HER-2抗体2剤を用いるものでしたが、そこにtucatinibを加えることで、病勢進行までの期間を大幅に延長し、患者が化学療法に戻るまでの時間を長く保つことが可能となりそうです。これは、患者の生活の質(QOL)を維持しながら治療効果を高める上でも大きな意義があります。

 

・今後の展望

HER2CLIMB-05試験の結果はJournal of Clinical Oncology誌のオンライン版にも掲載され、世界の臨床医や研究者からも注目されています。今回の発表は一次維持療法の標準を変える可能性を秘めており、今後さらなるフォローアップデータや実臨床応用の報告が期待されます。

 

以上が、SABCS 2025で発表されたHER2CLIMB-05試験の内容とその臨床的意義です。

転移性HER-2陽性乳がん患者にとって、tucatinibを加える新しい維持療法が、より長い無増悪期間とQOL向上につながる日が近いかもしれません。

大阪ブレストクリニック 院長 芝 英一 【認定資格】 大阪大学医学博士 日本外科学会認定医、専門医、指導医 日本乳癌学会専門医・指導医 NPO法人日本乳がん検診精度管理中央機構認定読影医 日本内分泌・甲状腺外科専門医