サンアントニオブレストキャンサーシンポジウムで最も今後の治療に影響する演題について

~第III相 lidERA 試験中間解析― 経口SERD giredestrant はER陽性乳癌の術後治療を変えるか?~

本年12月9日から12月12日までアメリカテキサス州のサンアントニオで開催されましたSanantonio Breast Cancer Symposiumで発表された中で最も注目をされた演題についてお話をします。2024年は私が参加しましたが、本年は当院から井口医師が参加し、たくさんの情報を得てきました。

SABCS2025において、ER陽性乳癌の術後内分泌療法領域における重要な発表がされました。経口選択的エストロゲン受容体分解薬(SERD)giredestrant と、現在の標準内分泌療法を比較した第III相 lidERA試験 の中間解析結果です。

試験デザイン:非盲検国際多施設共同無作為化試験

対象:12ヵ月以内に乳がん手術を受け、必要に応じて術前/術後化学療法を完了したStageI~III、ER+/HER2-の早期乳がん患者 4,170例

試験群:giredestrant 30mg 1日1回経口投与 2,084例

対照群:標準内分泌療法(タモキシフェン、アナストロゾール、レトロゾール、エキセメスタンから1つ選択) 2,086例 閉経前女性や閉経前後の女性にはLH-RHアゴニストが併用されました。

ER陽性/HER2陰性乳癌は最も頻度の高いサブタイプであり、アロマターゼ阻害薬やタモキシフェンまたはアロマターゼ阻害剤+/-LH-RHアゴニストを中心とした内分泌療法が長年治療の基盤となってきた。一方で、治療経過中に生じる内分泌耐性、特に ESR1変異 の獲得は、臨床上大きな課題でした。lidERA試験は、ER陽性/HER2陰性の早期乳癌術後患者を対象に、giredestrant単剤 と 医師選択による標準内分泌療法(アロマターゼ阻害薬またはタモキシフェン+/-LH-RHアゴニスト) を1:1で比較した国際多施設第III相試験である。主要評価項目は浸潤性無病生存期間(iDFS)であり、ESR1変異ステータスによる層別化が行われている点も特徴的です。

[主要評価項目]iDFS

[副次評価項目]無遠隔再発期間(DRFI)、全生存期間(OS)、安全性など

・データカットオフ:2025年8月8日で追跡期間中央値は32.3ヵ月でした。

年齢中央値は両群ともに54.0歳でStageⅠが12.3%および13.6%、Stage IIが49.0%および45.7%、StageⅢが38.7%および40.6%、化学療法歴を有したのは81.0%および78.4%で、比較的病期の進行した症例が多く含まれていたと考えられます。

主要評価項目であるIDFSイベントはgiredestrant群140例(6.7%)、標準内分泌療法群196例(9.4%)に発生し、ハザード比(HR)は0.70(95%信頼区間[CI]:0.57~0.87、p=0.0014)でした。3年IDFS率はgiredestrant群92.4%、標準内分泌療法群89.6%でした。

DRFIイベントはgiredestrant群102例(4.9%)、標準内分泌療法群145例(7.0%)に発生が認められました。(HR:0.69、95%CI:0.54~0.89)。3年DRFI率はgiredestrant群94.4%、標準内分泌療法群92.1%でした。OSは追跡期間が短いため有意差は認められなかったが、giredestrant群において改善傾向が認められました。(HR:0.79、95%CI:0.56~1.12、p=0.1863)。

Grade3/4の有害事象(AE)はgiredestrant群407例(19.8%)および標準内分泌療法群372例(17.9%)、重篤なアウトカムに至ったAEは6例(0.3%)および16例(0.8%)に認められました。giredestrant群で多かった全GradeのAEは関節痛(48.0%)、ホットフラッシュ(27.4%)、頭痛(15.3%)などでした。Grade3/4のAEは高血圧(2.6%)、関節痛(1.5%)などでした。

発表したDana-Farber Cancer InstituteのBardia氏は「lidERA試験の結果は、giredestrantがER+/HER2-早期乳がん患者における新たな標準治療となる可能性を示すものである」と結論づけました。特に注目すべきは ESR1変異陽性集団 における効果であり、このサブグループではPFSの改善幅がより大きく、ハザード比は 0.6台 と、従来治療に対する明確な優越性が示唆されました。

安全性については、内分泌療法として概ね忍容性は良好で治療中止に至る割合は低く、経口SERDとして日常診療に導入し得る安全性プロファイルと考えられます。

本試験の結果は、従来の内分泌療法を、第III相試験で明確に上回った点で意義が大きいと考えられます。これまで経口SERDは第II相試験レベルでの有効性が中心であり、lidERA試験は、その流れを一段階前進させたと言えます。

今後は、最終解析によるPFSの確定、全生存期間(OS)への影響、さらには CDK4/6阻害薬との併用戦略が重要な検討課題となると思われます。ER陽性乳癌治療は、タモキシフェン+/-LH-RHアゴニストやアロマターゼ阻害剤から “受容体分解”を軸とした新たなフェーズに入りつつあります。

今回のSABCS2025の発表は、その転換点を示す報告でした。

大阪ブレストクリニック 院長 芝 英一 【認定資格】 大阪大学医学博士 日本外科学会認定医、専門医、指導医 日本乳癌学会専門医・指導医 NPO法人日本乳がん検診精度管理中央機構認定読影医 日本内分泌・甲状腺外科専門医