ティーエスワンの乳癌術後補助療法における適応拡大

大鵬薬品工業から発売されている経口抗癌剤のティーエスワンは、フッ化ピリミジン系抗悪性腫瘍剤で、消化管から吸収後に抗がん剤フルオロウラシル(5-FU)に変換される代謝拮抗物質のテガフール、体内で5-FUの分解を阻害するギメラシル(5-chloro-2,4-dihydroxypyridine、またはCDHP)、消化管で5-FUのリン酸化を阻害するオテラシルカリウム(Oxo)の3つの成分を含有する配合剤です。胃がんの治療薬として1999年に国内で最初に承認され、胃がんの標準治療薬の一つとなっています。日本においては、これまで胃癌、結腸・直腸癌、頭頸部癌、非小細胞肺癌、手術不能又は再発乳癌、膵癌および胆道癌の効能を取得しています。

今までは乳癌に対しては、手術不能か再発乳癌の患者さんにしか使用できない薬剤でしたが、2022年11月24日に新たに、エストロゲン受容体陽性HER2陰性乳癌に対する術後補助療法において、内分泌療法にティーエスワンを併用する事が可能になりました。この治療の承認されたきっかけになった臨床試験が、POTENT (PostOperative Therapy with ENdocrine and TS-1)試験の結果に基づくものです。

実際の試験は、エストロゲン受容体陽性HER2陰性乳がんに対する術後補助療法において、標準的な治療法である内分泌療法(5年間)を対照群とし、この内分泌療法(5年間)とティーエスワン(1年間)を併用する治療法を試験群として、再発抑制効果が高まることを無作為化比較第Ⅲ相試験により検証することを目的としていました。主な評価項目は、浸潤性疾患のない生存期間、全生存期間および安全性などで、2012年2月~2016年2月の症例登録期間中に全国の乳がん専門施設139施設から1959例が登録されました。当院の患者さんもこの研究に20名の患者さんが参加し、ティーエスワン投与群10名、対照群(ホルモン療法のみ)10名の参加でした。対象は、ステージI~IIIBの浸潤性乳癌(中等度~高度の再発リスク)を有する20歳~75歳の女性で、5年間の標準的術後内分泌療法を単独で受ける患者群と、標準的術後内分泌療法に1年間のS-1投与を併用して受ける患者群にランダムに振り分け、浸潤性病変のない生存(iDFS)が延長するかを観察しました。2012年2月1日~2016年2月1日に、1,930例が本試験に組み入れられ、957例(50%)に内分泌療法とS-1を併用、973例(50%)に内分泌療法を単独で施行しました。追跡調査期間中央値は52.2ヵ月です。内分泌療法単独群155 例(16%)およびS-1併用群 101例 (11%) にiDFSイベントが発生し、標準的術後補助内分泌療法にS-1を併用することにより浸潤性病変の発生リスクが37%低減されました(ハザード比0.63、95% CI 0.49~0.81、p=0.0003)。S-1と内分泌療法の併用は、中等度~高度の再発リスクを有するER陽性かつHER2陰性の原発乳癌患者における有力な治療法になると考えられます。

TS-1で報告されている副作用として、貧血、白血球減少、好中球減少、食欲不振、悪心、倦怠感、色素沈着障害、下痢、口内炎等があります。頻度は少ないですが、注意すべき副作用として涙道狭窄があります。これは涙の通り道が狭くなり、涙目になると訴えがあります。今後当院でもこの治療の対象となる患者さんには、同意を得た上で副作用に注意をして投与していきます。

大阪ブレストクリニック 院長 芝 英一 【認定資格】 大阪大学医学博士 日本外科学会認定医、専門医、指導医 日本乳癌学会専門医・指導医 NPO法人日本乳がん検診精度管理中央機構認定読影医 日本内分泌・甲状腺外科専門医